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予告

ちょっとずつ新しいお話を考えています。

或る夜の出来事(番外編)

或る夜の出来事(番外編)




「これが、小夜子の行動記録です。日によって違いますが、だいたい午前二時から午前四時の間に、お部屋を抜け出していました」
 小夜子の深夜徘徊は、屋敷内の最新の懸念事項だった。
「徘徊が始まったのはちょうど三ヶ月前です。初めのうちは週に一、二回ほどでしたが、最近では毎晩のように寝台を抜け出していました」
 この屋敷にいる奴隷の女の子たちは、オークションで競り落とされたり、ご主人様のご友人の方が所有していたものを譲り受けたりと、ここに来るまでの事情は色々だ。けれどもみんな同じなのは、天然物、つまり普通の家庭で育てられた子だということ。生まれながらに奴隷として育てられた養殖物は不自然だと、ご主人様はお気に召さないから。
 なので、どれだけ出品前に研修を受けて来ていても、ご主人様の調教が進んでも、環境の変化に耐えられなかったり、現実を受け入れられなかったりして、どこかでこころに無理がかかって来る。食事を摂らなくなったり、自傷行為に走ったり、口数が少なくなって呆けてしまったようになったり。今回の事案と似ているが、夢遊病になった子もいた。そういった問題行動が見受けられた時に対処するのが、私の役目だった。
「まず脱走や反逆の可能性ですが、特に玄関や通用口、ガレージなどに特に近づいている様子はありませんでしたし、パソコンや電話などを使用することもありませんでした」
 奴隷の様子は、屋敷内の至る所にあるカメラで常に監視されている。そのうちのいくつか、寝室や調教部屋などのご主人様が主にプレイを楽しまれる場所の映像は、羞恥を煽るために奴隷たちにも公開されていたが、実際にはそんな数ではない。奴隷たちが知っているカメラの場所なんてほんの一部で、実際には玄関、ガレージ、食堂、リビング、トイレ、お風呂、倉庫、廊下、庭園灯、門柱、山の私道に至るまで、警備も兼ねて無数のカメラが設置されている。もちろん、私たちに与えられている自室も例外ではない。私たちにプライバシーなんて存在しないのだ。権利としても、実際としても。
 ただ、ご主人様は奴隷に与えたプライベートスペースを侵害したり、秘密を殊更暴いて悦に入るような方ではない。それらの映像は、メイドさんたちによって監視されている。男性なら奴隷の女の子の無防備な生活を観て、変なことを考えたりもするかもしれないが、女性ならばその可能性は少ないというわけだ。私たちは常に同性、あちらは女性で私たちは牝だけれど、によって監視され、管理されているのだった。
「最初は、ふらふらと十分二十分歩いては戻っていて、意図を掴みかねたのですが、ひと月後、五回目にリビングのバーカウンターでジュースを飲んでからは、それが定着しました。また、徐々に冷蔵庫に執着するようになり、冷蔵庫の前に座り込んで扉を開け閉めしていました。その時点で、反逆や脱走目的ではなく、精神的なケアが必要な事案だと判断され、メイドさんから私のほうに対処が一任されました」
 奴隷の行動で警戒するのは、ご主人様に危害を加えること。次に脱走、そして自傷などの問題行動だった。
 一番、警戒する時間は、実は閨の時間だ。なにせご主人様は、男性の急所であるペニスを、奴隷の目の前に差し出しているのだ。もし危害を加えようとしたら、咥えたときに噛み切ることなど簡単にできる、と思う。私だって、ご主人様の前に咥えさせられたモノは、何度噛み千切ってやろうと思ったかわからない。その危険がありながら、私たちを信頼して、ご奉仕させてくださるのだ。
 けれども、来たばかりで、セックスがまだ痛いだけの子には、そんなご主人様のお心はまだわからない。だから閨には常に何人もの奴隷が呼ばれる。ご主人様の寵を得るには一晩一人では足りないのも確かだし、先輩のご奉仕の仕方を見て学ばせる目的もあるけれども、新しい子が変な真似をしないように監視し監督しているのも、重要な理由だった。
 そして、その次が脱走だ。奴隷になった時点で、もう外の世界に居場所のない子がほとんどだが、誘拐されて売られたりした子は、逃げ出せば家に帰れると心のどこかでまだ思っている。そうでない子も、天気の良い日にひなたぼっこをしていて、庭に誰もいなければ、つい里心がついて、逃げ出そうとしたりする。そういう行動を起こした子は、厳格に対処し処罰しなければならない。
 そして、ご主人様からは、なるべくそういうことが起こらないようにしろと命じられている。ご主人様はお優しい方なので、自分が寵愛している奴隷が、自分の手を噛むようなことをすれば、たいそうお悲しみになるだろうし、裏切られたとお怒りになるだろう。
 私にしてみれば、こんないいご主人様に飼っていただいているのに、逃げたいという気持ちはわからないし、逃げようとしたならそれなりの処分があって然るべきだと思う。けれど、とにかくご主人様はお優しいので、そんなことをさせないようにと仰る。なので、物理的には警備が、精神的には私や他の先輩奴隷が、フォローするようになっているのだ。
「映像を観る限りでは、前にもあった夢遊病ではなく、意識ははっきりしているようでした。徘徊しなかった時の映像も調べてみましたが、夜中に目を覚ましている様子は三ヶ月より前からありました。夜中に起き出して退屈して、そのうち部屋を抜け出して散歩することを覚えたようです」
 小夜子の問題行動が早いうちから発見され、警戒されていたのは、深夜徘徊をするのが、ご主人様の寝室に召された時に限られていたからだ。自室に下がって寝ている時には、朝まで起きる様子もなかった。だから、ご主人様に抱いていただいたことを、不心得にも恨みに思って、ご主人様に危害を加える企てをしているのかと、警備は神経を尖らせていた。もしバーカウンターで刃物を物色するようなそぶりがあったら、即座に取り押さえられて、処分されていただろう。
「同室の涙衣にも話を訊かせて、私を含め年長の四人でそれとなく話をするようにしましたが、特に変わった様子はありませんでした。ご主人様には申し訳ありませんが、閨の際にも、三人には、小夜子のことを注意するように指示しておりました」
「そうか、なるほど」
 私の話を黙って聞いてくださっていたご主人様が、初めて口を開かれた。
「なにか、お気に障ることがございましたでしょうか」
「いいや。そういうわけではないが、香子や雛乃が、小夜子のことを気に掛けている素振りが、最近やけに目に付いたのでね」
「それは…。お気遣いをおかけして申し訳ありません。二人にはよく言っておきます」
 下手くそ。香子ちゃん、雛乃め…。
「いいよ。たいしたことではない。続けて」
「はい。ありがとうございます。そして、今月に入ってからは、毎日のように夜に部屋を抜け出していたので、早急な対処が必要だと判断し、昨晩、香子とともに現場を押さえました」
「そこで、話を?」
「はい。多少強引でしたが、すこし飲ませて、香子に口説かせたら大泣きして話し始めました」
「ふうん。何を?」
「色々と、溜まっていたようですが、まず…」
「いや、そうじゃなくて。何を飲ませたんだ?」
「え…。あ、はい。カクテルです。グラスホッパーを、少し甘めにして」
「前に私にも作ってくれたものかい?」
「はい…。あのときは失礼を…」
「いや、確かに私には甘かったけど、みんなはあのくらいが好きなんだろう」
「そうです、ね。みんなからは、けっこうねだられます」
「そうか。いいね。また今度、みんなで飲もう」
 ご主人様が笑いかけてくださった。嬉しい。こんなに優しいご主人様に、何も考えずに愛されているのに、いったいなにが不満だというのだろう、小夜子は。
「はい。ありがとうございます。…ええと、それで小夜子の証言ですが」
「ああ、それはいいよ」
 ご主人様は、鷹揚に手を振られ、私の話を遮られた。
「は?」
 書斎の執務机に座っていらしたご主人様は、お立ちになり、私の方へ歩いて来られた。
「ふたりで話して、小夜子の問題は解決しそうかい」
「は、はい。香子ちゃんも、昔はよく同じようなことで泣いていましたし…」
 動揺して、つい香子ちゃんと呼んでしまった。いけない。今は奴隷頭なのに。
「じゃあ、ふたりでよく話を聞いてあげて、みんなで労ってやりなさい」
「はい。もちろんです」
「小夜子は、買ってきたばかりだから可愛くて、無理をさせすぎたかもしれないな」
「そんな、とんでもない。勿体ないことです」
 ご主人様は悪くない。ご主人様のお心を受け止められない小夜子のほうが問題なのだ。
「うん。まあ、とりあえず今夜、私も話してみるよ。まだ寝てるんだろう?」
「はい、そのはずです。起こして参りましょうか」
「いや。泣いて二日酔いじゃあ顔も見られたくないだろう。寝かせてあげなさい」
「はい。ありがとうございます」
 ほら。こんなにも、私たちのことを気遣ってくださる。
「憂子にも、苦労をかけたな。ありがとう」
 そう仰ると、私の頭を撫でてくださった。
「と、とんでもないです。申し訳ありませんっ」
 褒められるようなことはできていない。昨晩も、香子ちゃんがいなければ、私だけではうまくいかなかっただろう。
「そうだな。今晩は、小夜子の話を聞いてやることになるが、明日は広島に泊まりだから、憂子がついてきてくれないか。あっちはそろそろ蠣が美味しいらしい。久しぶりに二人でゆっくりしよう」
「は、はい! ありがとうございます、ご主人様」
 お召しだ。それも一人で。久しぶりだ。嬉しい。思わず、両手を握りしめて、持っていた資料をくしゃくしゃにしてしまった。
「すまないね」
 そう言って、ご主人様は抱きしめてくださった。キスをねだりたいところだけれど、もうお出かけの時間だ。きっとキスだけでは済まなくなってしまう。それにもう車には、今日のお当番の子が待ってるんだから、一番上の私は、我慢しなくてはいけない。
「いいえ。朝のお忙しい時間に、申し訳ありませんでした」
「お前こそ、寝てないんだろう。三時過ぎから小夜子の相手をしていたのなら」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですから」
「私が行ったら、寝てなさい。…そうか、香子もか」
「はい…。香子ちゃんはまだ起きていると、思いますが」
「あいつにも、近いうちに何か美味いものでも食べに行こうと言っておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
 ご主人様の言葉だし、間違ったことは言っていないしはいないし、他ならぬ香子ちゃんのことではあるけれども、他の女のことを気遣うご主人様の言葉に、すこし水を差されたような気がしてしまった。香子ちゃんならこういうとき、私のことも一緒にと言ってくれるのかもしれないが、私はそんなに心が広くない。だからこういう役回りが向いているのかも知れないけれど。
「じゃあ、行ってくる。見送りはいいから、寝てていいぞ」
「いえ、玄関までお見送りさせてください」
 書斎を出ようと歩き出すご主人様の後ろに従って、私も歩き出す。
 ご主人様が部屋のドアを開けると、そこには香子ちゃんが立っていた。盗み聞きではないだろう。彼女はそういうことはしない。おそらく、私と小夜子のことを心配して、ご主人様がお怒りになりでもしたら、援護射撃をするつもりだったのかもしれない。そういうところが、かなわない。そして、私が香子ちゃんのことを、ご主人様の次に大好きなところだ。
「あ、おはようございます。ご主人様」
 寝てないとは思えない明るい声で、さりげなさを装って香子ちゃんが挨拶をする。ご主人様がそれに応える。香子ちゃんのことを労う。香子ちゃんが甘える。それを邪魔しないように、部屋の中で黙って聞いているのが、香子ちゃんへのお返しだった。私たちは誰にだって、ご主人様との時間を邪魔されたくはない。
「見送りはいいから、憂子と一緒に寝てなさい」
「はい。ありがとうございます。行ってらっしゃい」
 香子ちゃんが、ご主人様の言葉に素直に頷いて、抱きついて抱きしめて送り出した。手を振る香子ちゃんを見ていたら、出て行く機会を逃してしまった。
 ご主人様が廊下の角を曲がったのを見届けて、香子ちゃんが書斎の中に入ってきて、後ろ手で扉を閉めた。
「…おつかれさま」
 香子ちゃんが、そっと抱きしめてくれた。小夜子の涙と鼻水でぐしょぐしょになっていたネグリジェを脱いで、お風呂に入っていたから、シャンプーの匂いがした。私のとは違う、でも私の好きな匂い。
「香子ちゃんも。ありがと」
「あんな感じで、良かったかな…」
「良かったと、思うよ」
「ちょっと、やりすぎだったんじゃないかなあ…」
 香子ちゃんが肩を落として、私の肩に顔を埋める。
「ふふ、確かに。ちょっとはしゃいでたね、香子ちゃん」
「緊張してたんだよ…だからやり過ぎた…」
「でも、小夜子にはあのくらいで良かったと思うわ。あの子真面目だから。昔の香子ちゃんみたい」
「私、あんな感じだった?」
「ううん。香子ちゃんの方が優しいよ」
 私は、香子ちゃんの背中に回した腕に力を込めて、ぎゅっと抱いた。
「もう…。でも、ならいいかな。ね、覚えてた?」
「何を?」
「昨日、さよちゃんに言ったこと。あれって、昔、私が憂子ちゃんに言ってもらったことだよ。ひとりじゃないって」
「そう…だったかしら」
 そんなことを、言ったかもしれない。
「辛いことも泣きたいこともたくさんあるけど、ひとりじゃないって。初めて、一緒に寝たときに、泣いてた私に、憂子ちゃんが言ってくれた言葉。嬉しかったから、わたしずっと覚えてた。香子ちゃんがいてくれたから、私は泣かなくなった。だから、さよちゃんの泣きそうな顔見てたら、言ってあげたくなったの」
 そう、か。
「そう…。なら、良かったんじゃない」
「うん…」
 香子ちゃんの頬が私の頬をくすぐる。子猫のような愛情表現。
「ねえ、ご主人様もああ仰ってくれたから、一緒に寝ようよ」
「そうね…」
 正直、眠くはあった。ご主人様にも褒めていただけて、ちょっと気が抜けてきたし。けれど。
「寝るなら、ちゃんと寝ましょうね。昨日みたいなのは嫌よ」
「えー」
 やっぱりそうか。
「えー、じゃない。私も眠いわ」
 すりすりしてくる時は、甘えてくる時で、いつのまにかえっちになっていることが多い。実は、昨晩もそうだった。
 小夜子が動き出すのを待っている時、二人とも眠くなってきて、眠気覚ましにと突っつき合ったりしていたら、いつのまにかえっちになっていた。しかも香子ちゃんが寝ようとするから、私もちょっと意地になって攻めすぎて、軽くイかせてしまった。そうしたら逆効果で、疲れてがくっと香子ちゃんが寝てしまい、起こして連れてくるのに一苦労だった。もう少し手間取っていたら、小夜子がリビングから出て行ってしまうところだっただろう。
 だから、香子ちゃんが昨夜、ちょっとハイになっていたのは、私のせいでもある。
「それに、小夜子が起きる前に起きないといけないから、そんな暇ないわよ」
「ああ…そっか…。起きられるかな…」
 昨日の後で、小夜子が起きた後も寝ていては、小夜子に気を遣わせるか、あるいは侮られてしまうだろう。
「涙衣に頼みましょう。小夜子が目が覚めたら、起こしに来てもらえるように」
「うん。…でも、じゃあ、何もしないから、一緒に寝よ」
「はいはい…。じゃあとにかく部屋に戻りましょう。涙衣も探さないと」
「うん」
 私たちは抱擁を解いて、部屋を出た。
 長い夜が、ようやく終わった。



Thema:官能小説
Janre:アダルト

或る夜の出来事(後編)

或る夜の出来事(後編)




「まったくもう、人が気にしてることを…」
「だから、ごめんねって言ってるじゃないの」
「アイスも食べちゃうし…」
「いいじゃない、まだあるでしょ」
「チョコミントはそれが最後だったの! まだ日曜日よ、水曜日まで二日もあるのに!」
「もう月曜よ」
 私たちのいるお屋敷は、見渡す限り山ばかりのなかにあって、明かりのひとつも見えないほど、街から離れている。だから食料品は、週に二度、メイドさんたちが買い出しに行ってくれる。私たちも欲しい物があるときは、それが私たちに許されたものであれば、その時までにメモに書いておけば、買ってきてもらえる。それは水曜日と土曜日で、今はまだ月曜日になったばかり。ということで、香子さんは怒っているのだった。
「どのみち、こんな夜中にアイスなんて食べたらてきめんに太るわよ」
「どの口が言うのよ、それを!」
「ん」
 憂子さんは自分の唇を指差して、ついでに舌をぺろっと出した。もう、可愛いな、嫌みなほど。いや、可愛いから嫌みとして成り立つのかもしれない。
 私の口の中にオレンジの味が残っているのなら、憂子さんの唇にもまだミントの香りが残っているのだろうか。
「わたしは、もう少しお肉をつけたほうがいいって、ご主人様がおっしゃるんですもの」
「んうっ…、胸はあるのに…」
 確かに、憂子さんは細身だ。何度も裸を見たことがあるけれども、腰回りもそうだけど腕からもうほっそりしている。でも胸はちゃんとあるから、やたらおっきく見える。カップはいくつになるんだろう。今度、脱いだ下着を集めるときにこっそり見てみよう。
「ご主人様がそうお望みになったからよ」
 そう宣った憂子さんはちょっと誇らしげだった。そんな憂子さんに、香子さんは二の句を継がなかった。すこし悲しそうな顔をして黙ってしまった。
やっぱり、ご主人様のことは絶対なんだ、この人たち。
「あーでもアイス…」
 香子さんが初めに戻って恨み言を言い始めた。まるで駄々っ子。こんな人だったんだ、香子さん。それに憂子さん…。

 一番上のお姐さんであるお二人は、いつも優しくて落ち着いていて、すごい大人な人たちだった。私も来たばかりで泣いてばかりいた頃は、香子さんによく気遣ってもらったし、憂子さんにはここでの住み方を教えてもらった。
 どんなに無茶なことをご主人様に命じられても、お二人はいつも微笑んで受け入れて従っていた。先週、ご主人様が殊更苛立っていらした時なんか、みんな酷い目に遭ったけど、お二人は特に辛そうだった。香子さんは“豚の服”を着せられて四つん這いにされて、鼻を鉤で引っ張られて豚顔にされて、鞭で叩かれたり背中に座られたりしていた。憂子さんは腕を縛られ足を開かされ、天井から吊されて、くるくる回されながらダーツの的にされていた。
 鋭く磨かれたダーツの矢は勢いよく憂子さんのからだに刺さって、幾筋もの血が流れて、白い肌を真っ赤に染めていた。痛くないわけないのに、憂子さんは矢が当たっても、ちょっと呻くだけですぐにっこり笑って、10点、5点、20点と、当たった箇所に決められた点数を告げていた。おっぱいが10点、背中が5点、20点は…おまんこだった。よく覚えている。私はその時、バニーちゃんを命じられて、ご主人様の矢が当たったら拍手したりキスして祝福したり、矢を渡したりスコアボードを書いたりしていたからだ。それどころか、私も矢を一本投げるように渡されたのだけれど、それがまぐれ当たりしたのもおまんこだった。よほど痛かったのか、命中した瞬間、憂子さんはおしっこを漏らしてしまった。私は申し訳なくて泣きそうになったけれど、ご主人様は愉快そうに笑っていた。そんな時でも憂子さんは、凄いわとにっこり笑って私のことを褒めてくれた。香子さんもぶひぶひ語で私を労ってくれた。
 憂子さんと香子さんは、完璧なお姉さんで、完全な奴隷だった。ちょっと怖いくらいに。
 だから、こんな一面もあったのかと、驚きだった。今の二人は普通の、とは言えないかも知れないけれど、ただの女の子のように見えた。お姐さんではなく、お姉ちゃんというような感じだった。

「もう…。わかったわ。ちょっと待って、あれ作ってあげるから」
「あ…うん!」
 憂子さんがそう言い置いてソファから立ち上がると、香子さんはやっと駄々が通じた子どものように現金に明るい返事をした。
「多めでね」
「わかってるわ」
 憂子さんは私の横を通って、バーカウンターのほうに歩いて行った。思わず目で追ってしまう。そこには何もないのに、なんだかどきどきしてしまう。身を捩って憂子さんの挙動を気にしてしまう。
「ねえ、小夜ちゃん」
「…っ」
 すぐ近くから声がかかって、私は今夜何度目かのびっくりをした。
 振り返ると、斜向かいに座っていたはずの香子さんが私の隣、すぐそばに移動してきていた。
「なっ…なんですか…」
 いきなり距離を詰められて、さっきみたいに突然キスされるのかと思って、身構えてしまった。声もさっきみたいに、上ずってしまった。
「…さむくない?」
「へっ」
「ガウン一枚だから。明け方、一番寒いよ。ここ山の中だし」
「え、え…いや、だいじょうぶ…です」
「そう?」
 確かにちょっと肌寒くなる季節だし、そろそろ月が沈むくらいの時間になる。けれども、そもそもそのくらい、肌寒くなるのを目処にして、寝床に戻るつもりでいたのだ。そして、見つかってしまってからは、どきどきが止まらなくて、脂汗が出るくらい身体が火照っているので、寒いなんて本当に思いも寄らなかった。
 香子さんは私のガウンの襟を摘んで、指で擦るようにしていました。
「なんか取ってくれば、羽織るもの」
「え…でも…」
「小夜子はご主人様のところに戻るんだから、駄目よ」
 私が躊躇した通りに、憂子さんが牽制してくれた。
「あ、そっか。じゃあ、抱っこしてあげようか」
 香子さんは夏用のネグリジェ一枚だった。私も同じのをいただいているからわかるけれど、透けるように薄い上質の生地で、肌の色から胸のかたちまでよくわかる。香子さんブラつけてないし。なので、さっきのように密着されると、相手の熱も鼓動も、全部余すところなく伝わってしまう。
「え…いえ、ほんとに、だいじょうぶですから…」
 私はソファの端に後ずさって、香子さんから離れようとした。今の香子さんは知らない人みたいで、なんか怖かった。それに、動悸が激しくなっているのを見破られて、問い詰められるのは、もうなしにしたかった。
「逃げなくてもいいじゃない」
「あうっ」
 香子さんが勢いよく、まるで飛びかかるように私の腕を引いて、私は抱き寄せられてしまった。ガウンの袖が大きく引っ張られて、あわせが乱れて素肌が零れ、薄布越しに香子さんの胸と触れ合った。
「ほら、やっぱりちょっと冷たいよー」
「か…かこさん…」
 香子さんはそのまま私を抱きしめて、背中をぽんぽんと軽く叩いたり撫でたりしてくれた。私は、急に抱きしめられたものだから息をするのに苦しく、頭を振ったり身を捩ったりして、位置を修正しなくてはならなかったのだけれど。
 香子さんは温かかった。髪からはシャンプーの匂いがした。なぜか、二種類も。私は目を瞑って、その匂いを吸い込んだ。ご主人様の、男の人の、からだとは違う、やわらかくて温かい香子さんのからだ。その腕に抱きしめられていると、どきどきしているのに、どきどきが治まっていくようだった。
 しばらくそうしていると、香子さんが、静かに呟いた。
「ひとりでいると、冷たくなっちゃうからさ」
 先ほどまでとは違って、とても真剣な声音だった。
「…はい。できたわよ」
 突然、すぐ側で、憂子さんの声が聞こえた。慌てて目を開けようとしても、視界は暗かった。香子さんの柔らかい胸をまぶたに感じるだけだった。
「あ、ありがとー」
 その言葉を契機に、香子さんは私を放してくれた。腕の力を緩められて、私は香子さんの身体から身を起こした。急に離れたからだとからだが共有していた熱が解放され、その分、間に入り込んだ空気を冷たく感じた。
 ひとりは、冷たいんだ。

「さ、小夜子ちゃんも飲も」
 促されてテーブルの上を見ると、銀のお盆の上に、足の長いグラスが三つ置かれていた。中には、緑がかった白、いやモスグリーンのような液体が泡だっていて、なかに黒いつぶつぶが浮かんでいた。ちょうど、さっき憂子さんが食べちゃったチョコミントアイスのようだった。
「え、アイス…?」
「おお、鋭いね。そう、アイスの代わり。美味しいよ」
 香子さんがグラスを両手で取って、ひとつを渡してくれた。残りのひとつは、もちろん憂子さんが取った。
「かんぱーい」
「い、いただきます…」
「どうぞ」
 いちおう、憂子さんに向かって捧げ持って断って、それから口に含んだ。
 味は…なんか変なかんじだった。ミントの匂いがぷんぷんして、味は苦いような、でもチョコレートのような甘いのも舌に当たって、とても複雑だった。なにより、なんか変な味がした。
「な…なんですか…これ…」
「グラスホッパー…のアレンジ」
「憂子ちゃんのお手製カクテルよ」
「カクテルって…お酒、ですか?!」
「そうよ。でもアレンジだからそんなに入ってないけど」
 あとで作り方を教えてもらったのだが、グラスホッパーというのは、ミントとカカオのお酒と生クリームを同じだけ混ぜるのが本式なのだそう。けれどもこれは、香子さんが好きなチョコミントアイスっぽくするために、ココアパウダーを溶かして泡立てたミルクを加えて混ぜるのだという。黒っぽいつぶつぶはココアの粉。当然、ミルクと生クリームの分だけリキュールの比率は下がって、アルコールは抑えめになる。でも、このときの私には、充分強くて、びっくりする味だった。
「お酒って…」
「あ、飲むの初めてだった?」
「はい…」
 子どもの頃、お父さんのビールの泡を悪戯半分に舐めたことはあったけど、それだって遠い記憶だったし、私が自分で飲むのだって、まだかなり遠いことのはずだった。
「いいのかな…?」
 私の呟きを聞きつけて、憂子さんが口を開いた。
「ご主人様は駄目っておっしゃった?」
「い、いいえ。でも…」
「なら、かまわないわよ」
 憂子さんが、グラスに口をつけながら、あっさりと宣った。
「で、でも…私まだ…。香子さんたちだって…ですよね?」
 お二人が何歳か正確には知らないけれど。
「そんな風に、言うのをはばかるほど歳を食ってはいないのだけれど…」
 そんなこと言ってない。むしろこの場合、若い方が問題だ。
「そうじゃなくて…」
「冗談よ。年齢のことを気にしているのなら、私の生まれた国では、十五歳からお酒は飲めたわ。薄めたワインなら子どもの頃から飲んでたし」
 憂子さんの口から、意外な言葉が飛び出した。
「え…、外国の人?」
 そんな風には見えない。確かに端正な顔立ちで、ハーフとか言われたら納得しちゃうかもしれないけど。
「はあ…。みんなそういう反応をするのよね」
「憂子ちゃんは、ちょっと複雑だからね」
 香子さんが話に入って、いや打ち切りにかかってきた。それこそ、これ以上は触れるのをはばかる話題だったのだろう。
「え。と、とにかく、それでも私はまだ…」
「いいんだよ。そんなこと気にしなくて」
「むしろ、そろそろ慣れておきなさい。ご主人様にパーティーに連れて行っていただいた時に、全く飲めないと大変だから」
 この時憂子さんが言った大変ということを、このしばらく後のクリスマスパーティーの時に身をもって知った。ご主人様の側にいる女がジュースばかり探しているのも格好がつかなくて、やっぱりシャンパンとかを飲むことになるのだ。それに夜が更けてご奉仕の時間になると、酔っ払っている方の元に貸し出されることがある。そういう方は、私がお酒を飲んでないのを見て取られると、飲むように言われるのだ。もちろん、お客様のご命令には逆らえるわけもない。飲みつけないお酒を飲まされて、頭がずきずきするなかで満足なご奉仕ができるはずもなく、無理矢理おちんちんを突っ込まれて腰を振らされてしまって、頭も揺れて二重に酔ってずきずきして吐きそうでもう最悪で、堪えるのに必死になってしまったのだった。
「で、でも…」
 そんなことは知る由もなく、私はまだ躊躇っていた。
「真面目ね」
「上にく…きが付くわよ」
「あのね、小夜子ちゃん。じゃあこう考えたらどう」
 香子さんが人差し指を立てた。たったひとつの冴えたやり方だとでもいうように。
「小夜子ちゃんは、ご主人様とセックスしてるよね。なんで?」
「…ご主人様が、望まれたからです。私は、ご主人様の、どれい、なので」
「うん、そうだね。でも普通なら、小夜子ちゃんの歳でセックスしてる子はあんまりいないよね」
「はい…」
 それは、そうだ。当たり前だ。してた子もいるかもしれないが、私の周りにはいなかった。今では、その友達の方が、私の周りにはいないのだけれど。
「大丈夫よ、俯かないで。私だってそうだったから、同じだよ」
 促されて顔を上げてみると、香子さんは微笑んでいた。そして、真剣な目で私を見つめてくれていた。
「でも、私も小夜子ちゃんも、普通じゃないから。憂子ちゃんも、ここにいる女の子たちみんな、普通じゃないから」
 普通…じゃない。
 香子さんは、ゆっくりと、子どもに言い諭すようにして話してくれた。
「私たちは、ご主人様の奴隷だから。だからセックスもするの。していいの。ご主人様がそう望まれたなら、それが正しいの。ご主人様の言葉だけが、私たちが従うべき、守るべきことなのよ」
 凄いことを言っているのに、その言葉には哀しみも辛さもなく、私に言うことを効かせようとする強さもなく、ただただ穏やかだった。
「そうよ。私たちはご主人様の奴隷。ヒトじゃないの、モノなの。ご主人様のものなの。だから、どこの国の法律だって、常識だって、関係ないのよ」
 憂子さんが、香子さんの後ろに立って、話を継いだ。勝手に寝台を抜け出してきた私を怒っているだろうと思っていたのだけど、その語気もまた穏やかだった。アイスを食べていた時のように、涼やかな声だった。
「あなたがどこの国の生まれだろうと、どこで育ったのだろうと、なんて民族だろうと、どんな言葉を話していようと、そんなことは関係ないの。あなたはご主人様のモノ、ただそれだけなんだから」
「はい…」
「あなたが法律を守っても、法律はあなたのことなんか鼻にも引っかけないわ。私たちのことを考えている法律なんて、どこにもないんだから」
 少なくとも、少なくとも私が育った国は、基本的人権というものがあるって授業で習ったし、人間は平等だって言われたりもしていた。それを信じていた。人間じゃなくなることがあったり、人間扱いされないことがあるなんて、誰も教えてくれなかった。
「揚げ足を取りたくなるかもしれないけど、確かに世界には、奴隷階級に対しての法律がある国もあるわ。もちろんその身分の人にとっては不公平で不平等なもので、法律に書かれていることよりもご主人様の実際のご意向のほうが優先される」
 憂子さんのその言葉は、なぜかとても実感を帯びて聞こえた。
「それに、そういう人たちは、それでも人間なの。奴隷階級に生まれただけの人。私たちはそうじゃない。今はただ、ご主人様のモノなの。それ以外の何物でもない」
 ご主人様のモノ。所有物。人間じゃない。生きていても、ただの物。動いていても、物。生き物。動物。言葉を話しても、どうぶつと同じ。セックスができても、ペットと同じ。ヒトに飼われる、モノ。
「物に適用される法律ってのもあるけどね。文化財とか、器物損壊とか。ペットなら動物愛護法とかあるし、絶滅危惧種なら獲っちゃいけないとかあるけど」
「詳しいじゃない」
「こう見えても、成績はわりと良かったの」
「アイスひとつで騒いでるのに?」
 また憂子さんにやり込められて、香子さんがむうって顔になった。でもわかる。ただの軽口だ。その証拠に、香子さんは話を続けた。
「そういう法律はね、みんなが必要だと思うから決められるの。可哀想だと思う人たちが叫んで、みんなの同情を引けば、守ってあげようって決まりができる。でも、」
 思ってくれる、わけがない。子供なのに、男の人のモノになって、毎日セックスしてる、私なんか。
 そもそも、私がこうして誰かのモノになってるってことを知ってる人なんていない。先生だって、友達だって。…義父さんと、お母さんしか…。
「私たちのことを思ってくれるのは、ご主人様だけよ」
 香子さんが、
「私たちのことを、可哀想に思って買ってくださったのも、愛してくださるのも、飼ってくださるのも、ご主人様だけよ」
 憂子さんが、口々に言った。
「ご主人、様…」
「そうよ。ご主人様が仰ることが、私たちのすべて。ご主人様がお決めになることが、私たちのが守るべきこと。ご主人様が望まれることが、私たちの在り方。ご主人様がお気に召してくださることが、私たちの価値。ご主人様に愛していただけるよう努めることが、私たちが生きる意味。それ以外は、何もないの、私たちには」
「はい…」
 憂子さんに滔々と諭され、ここに来る前に勉強させられたことを思い出した。私はそれを、解ったようで解っていなかったのかもしれない。ううん、全然解っていなかった。憂子さんのように、解っている人に言われると、それがよくわかる。
 この人たちは、本当に、ご主人様のモノになってるんだ。
 ご主人様がすべてで、ご主人様のことが大好きで、ご主人様に愛されたくて、そのために何でもするんだ。
 ご主人様から声をかけてもらうだけでも嬉しくて、どんな酷いことを命令されても嬉しいから、喜んでやるんだ。
 躊躇いもなく、それどころか誇らしげに言い切る二人は、とても綺麗で、荘厳で。まるで、神様に仕える巫女のようだった。でも、
 私は違う。
 私はどこかで、いまここにいるこの状況を否定していた。解ろうとしていなくて、諦めていた。諦めて、何もかも終わってしまえばいいと思っていた。どうでもいいと思っていた。
 独りになりたかった。何もかも見ないでいたかった。
 怒られてもいいと思っていた。怒られたいと思っていた。怒られて見捨てられたい。捨てられれば終わる。終わってもいい。こんなわけわかんないことなんて、早く終わってしまえばいい。どうだっていい。そう思っていた。
 “ご主人様”のことだって、優しかったり怖かったり気まぐれな怖い男の人だとしか思っていなかった。自分みたいな子供に欲情するヘンタイだって、どこかで軽蔑していた。最後の頃の義父さんみたいに。
 たくさんいる女の子のなかでも、自分だけは違うと思っていた。だって、みんなヘンタイじゃないか。虐められてお礼を言ったり、痛いことされて嬉しいって言ったり、気持ちいいって叫んで気を失ったり、おちんちんを舐めたがったり。そんなことされるご主人様のことがみんな大好きで、ご主人様に呼ばれないと溜息をついたり。みんな頭おかしい。何考えてるの。わからない。怖い。心のどこかでずっとそう思っていた。
 私もこうなってしまうのかと考えると、とてつもなく怖かった。死んじゃうと考えるより怖かった。
 心を硬くしていた。何をされても傷つかないように。心を閉ざしていた。何があっても平気なように。何があっても変わらないように。何が起こるかわからない日々の中で、ある日突然命が終わっても平気なように振りをしていた。心を、閉じ込めていた。あの狭い冷蔵庫のなかに。
「でも…」
 それじゃ、ここでは生きていけない。生きている、価値もない。みんなとは違うまま。ひとりぼっち。誰もいない。愛されない。
「でも…」
 私は、そんなふうには、思えない…。愛せない…。モノになんて、なれない…。
「私は…わたしは…」
 震えが来た。
 何もわかっていなくて、わかっていないこともわかっていなくて、どうしようもない。どうしようもない自分がただここにいることだけがわかった。
「わたしは…」
 涙が滲んで、零れた。
「…」
 香子さんは、私の震えている手から、中身がまだ半分くらい残っているカクテルグラスを取って、中身を口に含んだ。そのまま
「…っ」
 香子さんは私の唇に、唇を合わせた。
 長い、接吻。
 流れ込んでくる、甘いお酒。
「…んっ」
こく
 噛みつくようにしっかり合わせられた唇から、入り込んできた舌に導かれて流れ込んできたどろっとした液体を、私はそのまま飲み下した。
 私の口の中にも、香子さんの口の中にも、お酒がなくなってしまってからも、香子さんの舌は、私の中に居続けた。
「…うんっ」
 息をすると、ツンとしたミントの匂いが鼻に抜けた。さっきは苦いような気がしたその香りを、今は心地よく感じた。
「…っん」
「…ふぁ」
 唇が、離れた。
 けれども、香子さんの目は、離れることなく私を見つめていた。
「は…わ…」
「小夜ちゃん」
「は…い」
「もっと、飲む? や、飲も」
「え…」
「一緒に飲も。泣くなら、泣こ。泣いて、ちゃんと泣いて、寝て、朝になったら、また一緒に、ご主人様にお仕えしよ」
 香子さんが、私の顔を両手で抱いて、涙の跡を親指で擦った。
「小夜ちゃんの気持ちがわかる、かどうかはわからないけど、私も、ここに来たばかりの頃は、よく泣いたの。ひとりで。そのうち憂子ちゃんが一緒に泣いてくれた」
「でも、小夜ちゃんが泣いてるの、見たことない。私も、誰も。強い子だなって、思ってた」
 そんなことはない、と思う。他ならぬ香子さんの胸でも、何回か。でも、
「でも、泣いてもいいんだよ」
 香子さんの言ってくれていることの意味は、わかった。
「普通の女の子だったんだもんね。いきなりこんなところで、奴隷になれとかお前はモノだとか言われたって、わかるわけないよね」
「辛いことだって、たくさんあるよ。寂しい思いだって、しないわけないよ。でも、それは隠さなくてもいいんだよ」
「みんな、寂しくて不安で辛くて泣いて、痛くて苦しくて嫌で嫌でたまらなくて泣いて、何もかも諦めて泣いて、泣いたの。みんな、そうなんだよ。みんな」
 香子さんの腕が伸びてきて、私は今夜何度目かの香子さんの胸に抱かれた。
「だから、辛かったら泣いていいの。私も憂子ちゃんもみんな一緒にいるから。ご主人様だって、小夜ちゃんのことを大事に思ってくれているから。独りじゃないから」
 でも…。
「泣けないなら、お酒のせいにして泣こう。お酒は、強い子をほんの少しだけ弱くしてくれるの。弱くてもお酒のせいだから。泣いちゃってもいいんだよ」
 香子さんの腕に抱かれて、香子さんの温かい身体を伝って響いてくる優しい言葉に包まれて、私は泣いた。
 時計の鐘の音なんか比べものにならないくらいの激しい慟哭と、息ができなくなるくらいの嗚咽を繰り返して、私は泣いた。初めて、ほんとに。
「…………ぁ……」
 自分の口から出ているとは思えない大きな叫び声泣き声が止まらなく響いた。
 涙と鼻水でぐしょぐしょになっている私のことを、香子さんはずっと抱いていてくれた。あたまを撫でてくれた。
 泣き続けてどのくらい時間が経ったのか、泣き疲れて喉が痛くて声ももう出なくて頭ががんがんしてふらふらしていたけれど、香子さんの言葉ははっきり覚えている。
「泣くだけ泣いたら、今度はお菓子を食べよ。甘いお菓子はね、弱い女の子を元気にしてくれるから」

 その後のことは、もう覚えていない。
 気づいたときには、自分の部屋のベッドのなかだった。私は、泣き疲れて眠ってしまったらしい。二人が着せてくれたのか、ちゃんと寝間着も着ていた。涙の跡で顔がぱりぱりしたのと、喉がいがらっぽくて声が掠れていたのと、二日酔いなのか泣きすぎなのかわからない頭痛が、昨晩のよすがだった。
 もう日も高くなっていて、月曜日だからご主人様はとっくにお出かけになっていて、朝のご奉仕もお見送りも全部すっぽかしてしまった。そのことをみんなに謝って回ったのだけど、香子さんもみんなも、笑って許してくれた。憂子さんからは、素っ気なく軽く注意をされたけど、怒られはしなかった。
 夜にはご主人様にも平謝りで謝った。ご主人様からは、目が覚めて小夜子がいなくて寂しかったと言われた。その言葉にちょっと胸がどきんとして、いっそう申し訳なく思った。その分、夜は精一杯ご奉仕をした。喉が痛いと言ったらフェラチオはしなくていいと気遣ってもらって、嬉しかった。嬉しい気持ちを胸に抱いてのセックスは、それまでとまるで違った。初めて気持ちよくなって、気持ちよくイってしまった。
 その夜はそのまま眠ってしまって、目が覚めたときには明るくなっていた。夜中に起き出すことは、もうなかった。

 次の次の日は、ご主人様がお帰りにならなくて、残ったみんなでお茶会になった。
 夜の十時を過ぎてからのお菓子が格別の味なのはなぜだろうと真剣に議論しながら、私は約束を果たした。甘い甘い、チョコミントアイス。
 チョコミントアイスを一緒に食べて、私は久しぶりに、笑った。



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或る夜の出来事(中編)

 その人の手の中と口の中には、ちょっと高価いチョコミントアイスが納まっていた。
「あ、それあたしのアイス…」
「いいじゃない。最近あなたちょっと…」
「ちょっと…? ちょっと何だっての?!」
「いや、ねえ…ほほほ」
 スプーンを口元に当てて、高笑いのお芝居。そんな嫌みな仕草さえもこの人は可愛い。可愛いなんて言ってしまって。私よりもずっとお姉さんなんだけど。
「ちょっと、さっき寝てる時もそんなこと思ってたの?!」
「声が大きいわよ~、小夜子がびっくりしてる」
「え…いえ…私は…」
 そんなところで私に流れを向けないで欲しいんだけど。
「ちょっ、小夜ちゃん!」
「は、はい…」
 凄い剣幕だったので、私は先生に叱られたときのように小気味良い返事をしてしまった。漫画だったら飛び上がって起立してしまうところだ。
「あたし…、ふ…ふと…っ…」
 その言葉を口に出すとその通りになってしまいそうな気持ちはわかる。でも、まるで私がそうしたかのように睨みつけて、苦渋を絞り出すように言うのは止めてほしい。正直、ちょっと怖かった。だから声も大きくなってしまった。
「い、いえ! そんなことないです! 香子さんはぜんぜん、ふとっ…」
「言うなぁ!」
 どうしろと。
 叫ぶ香子さんから目を逸らして後ろを見たら、何食わぬ顔でアイスを食べ続けているその人、憂子さんと目が合った。
“ごちそうさま”
 唇はそう動き、次の瞬間、再びアイスを乗せたスプーンを閉じ込めた。それはとても優雅で、女の私から見ても、愛らしい仕草だった。普段はいっそ怖いとさえ思う人なのに。ただ、そのまま見惚れる為には、目の前の、泣きそうに怒っている香子さんをどうにかして宥めなくてはいけなかった。
 ああ、神様。私の静かな時間を返してください。




或る夜の出来事(中編)




 私のささやかな秘密の時間がばれてしまったのは、まだ残暑が厳しい頃だった。もっとも、私の秘密の部屋は誰でも入れるリビングで、魔法の鏡は冷蔵庫の内張りだったのだから、これまで見つからない方が不思議だったのだ。
 いつものように冷蔵庫との勝負をしていて、そろそろドアを閉める頃合いだと思っていた時、突然、リビングの扉が開いた。この館は廊下も絨毯が敷いてあって、裸足で歩いても四つん這いで膝をついても痛くないようになっている。そのせいで、足音がしないのだった。話し声でもすればわかったかもしれないけれど、二人とも、深夜に騒がしくするような常識知らずではなかった。
 むしろ、騒がしかったのは私のほうだ。扉が開いて、真っ暗だったリビングに廊下の常夜灯の光が差し込んだのに驚いて、私は固まってしまった。見つかったらどうしようというスリルが、どうされるのだろうという恐怖に変わった。その隙を見逃さなかった冷蔵庫が、私の負けを宣告した。

ぴぴーっ

 入ってきた人も、リビングの扉を開けた途端に警告音が鳴ったのには戸惑ったようで、顔を見合わせたり、扉の周りをきょろきょろと眺めていたが、そのうちバーカウンターの方に視線を向けた。冷蔵庫から漏れる淡い光が、カウンターをぼうっと照らしていたから。
「誰か…いるの?」
誰何の声で、私はその人が誰かわかった。最悪だ。
 私が答えられないでいると、部屋の照明が点いた。カウンターの陰に隠れて影になるところにいたけれども、それだけで見逃してもらえるわけもなかった。馬鹿な考えだけれども、その時は真剣に、姿を隠すマントが欲しかった。私を見つけたのは穏和な校長先生ではなく、厳しい監督生か寮監の先生だったから。
「だれ…?」
 さっきとは違う人の声がした。二人いる。いや、一人目の声を聞いたときに、どこかでそれは解っていた。お二人はいつも一緒に居る印象があったから。その人のほうが、どちらかといえば私は好きだったので、私は観念して出て行くことにした。
「わたし…です」
 冷蔵庫の扉を閉めて立ち上がると、二人の姿がはっきり見えた。やっぱり、二人だけだった。憂子さんと香子さん。ここの一番上のお姐さんたちだ。
「小夜子…」
「さよちゃん…」
 小夜子。私の名前。ここでの。今の。
 そう呼ばれることには未だにちょっと違和感があったけれど、私は素直に返事をした。
「はい」
 私は自分から二人の方に歩み寄っていった。バーカウンターの中には、入ってきてほしくなかった。もちろん、そこにあるのはただの冷蔵庫で、見られても困るようなものは何もないのだけれども、なんとなく、そうしたかった。
 少し距離を置いて、対峙する。
「どうしたの、こんな遅くに」
 香子さんが、穏やかな声で訊いてくれた。
「すみません…」
 答えになっていないのは自分でもすぐにわかった。なんて言えば香子さんは納得してくれるだろうか。こんなこともあろうかと、どう言い訳をするかはずっと考えていた。見つかることを考えて言い訳を考えるなんて、まるで子どもの悪戯だ。でも、その、なんて言うつもりだったんだっけ。思い出せない。いいえそもそも、こんな穏やかに訊かれるなんて思っていなかったんだ。怒られるか責められるか、問い詰められるかだと思っていた。
「今日は、ご主人様のお召しがあったわよね?」
 憂子さんが口を開いた。静かな声だった。そう、こう言われるはずだった。答えのわかっていることを訊かれて、遠回しに責められるパターンだ。わかってる。だから、こう言えばいい。
「はい…。ご主人様は、お休みになってます」
「そう。で、あなたはなんでここにいるの」
 来た。何でここにいるのか。ジュースを飲みに来たからだ。のどが渇いたんだ。嘘じゃない。本当にジュースは飲んだ。コップは、シンクの中に置いてある。ジュースを飲んだと言い訳するためだ。言い訳じゃない。本当のことなんだから。
「じゅ、じゅーすを…」
 言葉がうまく出てくれなかった。嘘じゃないのに。ちゃんと考えておいたのに。
「ジュース?」
 香子さんが、絞り出したような私の声を拾ってくれた。
「は、はい…。の、のどが、渇いて…。ジュースを、飲みに…」
「ジュース。それで、ご主人様のおそばを離れたの?」
 私の言葉にかぶせるように、憂子さんがさらに言葉を継いだ。そうだ。たかがジュースで、ご主人様の部屋を出てきたんだ。怒られても仕方ない。だからまず、素直に謝ろう。それで、ちょっと馬鹿な事を言ってみるのもいいかもしれない。誤魔化すには。
「す、すみません…」
 憂子さんは、両腕を胸の前で組んで、両肘を掴んで、溜息をついた。そんなポーズを取らなくても、静かに話しているだけで、怒られているより怖いのに。
「のどが渇いたなら、水差しの水でも、洗面台でもあるでしょう。なんでわざわざ…」
「く、口が…」
 憂子さんの言葉を遮るように、それだけやっと紡いだ。わかっていたはずだけど、やっぱり怖い。
「くちが…あの…口の、中が…イガイガしてて…。ご主人様が今夜は、私の…口に…出されたので…」
 こう言えば、怒られる前に呆れられるかもしれない。ご主人様の精子を、美味しいとありがたくいただきこそすれ、ジュースで洗おうだなんてとんでもないと怒られるかもしれないけど。怒られたら、また明日の夜にご主人様に精子を飲まされることになるかもしれない。苦しがらされるかもしれないけど、ちょっと我慢してればいい。最後には、美味しいですって言えば許してもらえるだろう。美味しいと思ったことはないけど、我慢できないほどじゃない。ご主人様だって、自分の精子の味がするのは嫌で、口をゆすがせてくれるんだから。ちょっと我慢すればいいんだ。
 そんな風にえんえん考えていたのだけれども、現実はそのどれとも違った。知らず知らずに頭が下がってうつむいていた私は、その瞬間を見逃してしまったけれども。
ぷっ。
 香子さんが吹き出したのだった。
「それで、ジュースが飲みたかったの?」
 香子さんが、笑いを含んだ声で訊いてきた。
「は、はい…。ごめんなさい…」
 私の困り顔がおかしかったのか、香子さんは笑っていた。
「うんうん、そうだよねぇ。苦いもんね、精子」
「え…あ…」
 香子さんの口から、そんなことを言われるとは思わなかった。けれども、はいと答えるわけにもいかなくて、私の口からは変な音しか出てこなかった。
「ちょっと、香子ちゃん」
 憂子さんは香子さんを咎めるようにしたけれども、香子さんはそれを軽くいなしてくれた。
「いいじゃない。まだ慣れてないんだし、無理ないよ。小夜子ちゃん」
「は、はい」
 不意に呼びかけられて、私は香子さんに視線を移した。香子さんは私の方に歩いてきてくれた。
「私たちもね、のど渇いちゃったから来たの。せっかくだから一緒になんか飲もうよ」
「え…」
「ちょっ…」
「ご主人様、お休みなんでしょ。最近は一度寝たら朝までお目覚めにならないから、いつ戻っても大丈夫だよ」
「香子、そういうことじゃ…」
「最初のうちはしょうがないよ。苦いものは苦いもん、私だって大変だったよ。ね、小夜子ちゃん」
 香子さんは私のすぐ隣まで来て、私の頭を撫でてくれた。そして、そのまま
「んっ…」
 キスされてしまった。
「ん…ふぉ…」
 香子さんの唇が私の唇に重なった。不意打ちでびっくりしたのと、撫でられた手が私の頭を押さえていて、逃げられなかった。香子さんの舌は、緩んでいた私の唇を舐めて突いて、滑り込むように私の口の中に入ってきた。
「んんっ…ふ…」
 香子さんの舌に絡め取られて、私のべろはあっという間に引きずり出された。そんな熱烈なキスには応えないわけにはいかないということをこの半年で充分わかっていたので、抵抗するどころかむしろ積極的に舌を絡めてしまう。かと思えば、香子さんの舌はするっと逃げて、私の歯をなぞったり、ほっぺたの裏を突いたりした。香子さんは上手に、私の口の中で遊んでくれた。
「んっ、ぷはっ…」
「ふう…。もう飲んじゃってたのね、香子ちゃん」
 唇を合わせていたのは1分もなかったと思う。でも私はへろへろになってしまって、香子さんに言われた意味が咄嗟にわからなかった。
「ふ…へ…」
「オレンジジュース?」
 口の中にまだジュースの匂いが残っていたらしい。リビングに来てジュースを飲んでからもう1時間も経つし、自分でももうあまりわからなくなっていたのに。
「まあ、いっか。せっかくだからもう一杯くらい一緒しよう。ね、憂子ちゃんも」
「…は、はい…」
「…っ、もう」
 図らずもかばってもらえる形になって、私に否やがあるわけもなかった。ううん、そんなことを考えることもできないくらいに頭がぽうっとしていたというのが正直なところだった。
 憂子さんも、不承不承といったふうで、でも組んでいた腕を下ろして、私の方に歩いてきた。そして、香子さんの耳元で囁いた。けれども、香子さんに抱き寄せられていた私にはそれが聞こえてしまった。
「…まだしたりないの?」
「うーん、今はそういうんじゃないけど、なんかかわいくて」
 そう言って香子さんはまた、いいこいいこと私の頭を撫でてくれた。
「もう…」
 憂子さんは先ほどからずっと苛立っていたが、その呟きだけは、それまでとはちょっと違った響きだった。



Thema:官能小説
Janre:アダルト

或る夜の出来事(前編)

がたっ、じー…

…ごー、ろく、しち、はち…

ばたん


がたっ、じー…

…ごー、ろく、しち、はち…

ばたん


がたっ、じー…


 床にぺたんと座り込んだ小夜子が、背の低い冷蔵庫の扉を開けると、暗い部屋のなかでそこだけがぼうっと明るくなった。
 照明を点けてはいけないなんてことはなかったが、白く煌々と光る蛍光灯は、ベッドから抜け出してきた小夜子の目には、乱暴なほど強くて辛かった。ランプシェードのかかった白熱灯の光はそれよりは暖かみがあったが、視界の端の闇を一層濃くしてしまう。暗がりに潜む何者かが調子づくようで怖かった。
 冷蔵庫の扉に顔を突き出し、狭く区切られた白い世界のなかで、柔らかい光を浴びるのが、小夜子は好きだった。

 さほどものが入っていない冷蔵庫を、何を取り出すでもなくただじっと眺める。なかに籠もっている冷気は、初夏にさしかかった今の時期には心地よく感じられた。
 濃密な冷気がたちまち流れ出してしまうと、冷蔵庫は唸り声を上げて懸命に勤めを果たそうとする。けれどもきまって六十秒後には音を上げて、扉を閉めてくれと甲高い音で懇願される。それはとても耳障りだったので、その前に慈悲を与えてやることにしていた。
 一旦閉めて、また開ける。開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。

…ごー、ろく、しち、はち…

 声に出さずに六十を数える癖が、いつのまにかついていた。
 暗い部屋の中でそうしていると、だんだんと頭の中が空っぽになっていくようだった。
 一から六十までの数字だけが、頭の中に現れては消え、現れては消えていった。六十までいったら、扉を閉める。そしてまた開けて、数え始める。それは砂時計をひっくり返し続けるのにも似ていた。砂時計のように、限りのある数だけを数えていればいい存在になりたかった。ほかに何も考えられなくてもかまわない。考えられなければ、考えずに済むから。
 そうして頭の中を空っぽにするのが、小夜子の密かな行事だった。抱かれた後はいつも、そうしていた。


 小夜子がこの屋敷に買われてきてから、半年ほどが経っていた。
 家に帰りたいと泣き喚くことも、口の中の男根を噛み千切ってやろうかという暗い考えを持つことも、いつしかなくなっていた。

 ここに来るまでは、人を売り買いするなんて非常識なことがあるとは想像もできなかった。自分がその品物になったなんて、とうてい受け入れられるものではなかった。
 小夜子を世間知らずな小娘と嘲るのは酷であろう。彼女はただ、平和な国の善良な一市民だっただけだ。けれども、人類の大多数にとっては夢心地の社会で、人身売買などとは最も縁遠い子供こそが、いざ売られる時には上物として取引されるのだから、皮肉なことである。
 援助交際やロリコンオヤジなどという言葉は知っていたけれど、それはテレビのなかのことだと思っていた。自分のような子供のからだが、大人の男の人の欲望の対象になるということは、小夜子にとっては現実感のないことだったし、その意味がわかるはずもなかった。
 第二次性徴期の早期の性教育がタブー視され、漫画からも過激な性描写が排除されている近年の子供らしく、小夜子はまだセックスについての正しい知識は持ち合わせてはいなかった。
 痴漢に遭ったり、スカートめくりをされたり、プールの授業の着替えを覗かれたりして、自分たちの裸に興味があるイヤらしい男子がいることはわかっていた。けれども、そのイヤらしいことが、自分たちの身にどう接してくるのかは、未だ想像の域を出なかった。
 おしりを触られるなんて考えただけでもぞっとしたけれども、その指が行き着きたいと思うところまでは考えなかったし、パンツを見られるのは恥ずかしかったけど、その内側をどうするかまでは男子も考えていなかったと思う。裸は、見るのも見られるのもどきどきしたが、裸になって何をするかは具体的には知らなかった。もしかしたらと裸で抱き合って眠ることを想像するだけで、十分どきどきしていた。
 気になる男の子に想いを伝えることもできず、キスだって憧れの向こう側にあった小夜子には、セックスなんてまだまだ先の、愛と希望に満ちた夢であったはずだった。
 小夜子が特別、奥手だったわけではない。良識を振りかざす生活指導の教師でなくとも、最近の子は進んでいる、と嘲られてしまうような歳だっただけである。
 それでも、キスくらいしておけばよかったと小夜子は思った。自分を買った男の唇が近づいてきたとき、そう思って涙を零した。

 そんな頃もあったなと思えるくらい、今の小夜子は進んだ子になってしまった。
 もちろん、小夜子の歳では、半年というのは決して短くはない。新陳代謝も活発で、心も体も敏感で、日毎に変わっていく成長期においては、果てしない長い時間である。しかしそういったなかでも、小夜子は随分と遠くまできてしまっていた。男の胸の中で眠ることで喜びと安らぎを得るなんて、少し前までは思いもよらなかった。そんな未来は、どんな作文にだって書いたことはなかった。
 大人の言うとおりのいい子ではなく、友達がわかってくれるとも思えなかったが、とりあえず今の小夜子は不幸せではなかった。はじめの頃は辛かったが、だんだんと飼われて良かったと思えるようになってしまっていた。
 けれども、そんな日々のいつからか、こうして夜中にベッドを這い出す癖がついたのもまた事実である。


 時計の針がちょうど深夜3時を指したが、部屋の隅に鎮座するロングケースクロックは沈黙を保っていた。冷蔵庫から漏れる淡い光を捉えるほど、光センサーの感度が鋭くはないからだ。
  それも、部屋の照明をつけない理由のひとつだった。扉を閉めていても、寝ている人を刺激するだけの効果は十分あるだろう鐘の音が、部屋の外まで響くだろうから。迷惑になるし、照明の消し忘れかと注意を引いて、誰かが見に来るのは避けたかった。ご主人様のベッドから抜け出したのを知られたくはなかった。


 ご主人様にはほかの女の子たちも添い臥しているし、寝台に粗相をしてまで寄り添っていろとは命じられていないので、少しの間起き出したとしても、トイレだと誤魔化せば問題はなかった。尤も、一人しかいない男であるご主人様は、何度も精を放って深い眠りに落ちているし、女の子たちも懸命な奉仕と幾度もの絶頂で、心地よい疲労を得て休んでいる。だから、小夜子がベッドを抜け出しても、気づく人は誰もいなかった。
 むしろ、一番激しく攻められて疲れているのに、必ず夜中に目が覚めてしまう自分は何なのだろうと、深夜につきものの孤独感とともに、小夜子は不思議に思っていた。


 今夜もいつものように、寝入ってしまってから二時間も経ち、皆が寝静まったあと、小夜子の目はぱちりと開いた。
 絶頂に達してふっつりと気絶して、昏々と寝てしまうから、短い時間ですっきり目が覚めてしまうのだろうか。テスト勉強する前に知ってれば徹夜が楽だったかも。そんな益体もないことを考えながら寝返りを打ち、ため息をひとつ吐くと、小夜子はご主人様の腕枕からそっと身を起こした。

 差し迫っていたわけではないが、言い訳作りも兼ねてトイレに入った。どんなに激しいプレイになっても後始末がしやすいように、十分に広いバスとトイレがご主人様の寝室には設けられていた。
 トイレの照明は白熱灯だったが、夜目を利かせてベッドから這い出てきた小夜子には、十分眩しく、目を細めた。半年も暮らせば慣れたもので、目を瞑ったまま手探りで便座まで行って座る。途中でナイトガウンを拾って羽織ってきたが、帯はわざわざ締めなかったので、前をはだけたまま裾を捌いて用を足した。誰も見ていないとはいえ、大胆になったものだと思う。鈍感になったというべきかもしれないが。

 手水場で手を洗うときにも、小夜子はなるべく目を瞑っていた。鏡に映った自分の身体を見たくはなかったからだ。ほんの数時間前までのセックスの痕跡がありありと刻まれている身体を直視したくなかった。
 主人にしてみれば、小夜子は買ったばかりの一番のお気に入りの奴隷だった。なので毎晩のように、閨での奉仕を命じられていた。尤も屋敷には、小夜子と同じ立場の女の子が何人もいたので、小夜子ひとりで毎夜のお勤めをしているわけではなかったが、やはり執心は強く向けられていた。その証として小夜子の身体には、薄れる間もなくキスマークや歯形や縄目などがつけられていた。これも愛の証だとようやく思えるようになったが、まじまじと見つめるにはやはり抵抗があった。それに同い年の先輩奴隷と比べても小振りな胸や、もう少し減らしたいおなかのおニクも、なるべくならあまり気にしたくはなかった。

 手を洗い終わると、小夜子は無性に喉が渇いたような気持ちに襲われた。
 水くらいなら手水場でも飲めるが、それでは満たされないことはわかっていた。
 小夜子はいつものように、しばらく閨を抜け出すことにした。誰かに見咎められたら、リビングのバーカウンターにあるジュースが飲みたくなってと言うつもりだった。実際、ベッドに戻る前にはいつもそれを飲むので、嘘は吐いていない。けれども、そのジュースがこの渇きが満たしてくれるというわけではないことは、小夜子自身が一番よくわかっていた。
 それは言い訳にしかすぎない。疾しいことをしているような気持ちで、小夜子はそっと寝室を出た。何でこんなことをしてしまうのか不思議に思いながらも、足は止まらなかった。
 
 
 
 
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