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闇の箱

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□ 『或る夜の出来事』 □

或る夜の出来事(中編)

 その人の手の中と口の中には、ちょっと高価いチョコミントアイスが納まっていた。
「あ、それあたしのアイス…」
「いいじゃない。最近あなたちょっと…」
「ちょっと…? ちょっと何だっての?!」
「いや、ねえ…ほほほ」
 スプーンを口元に当てて、高笑いのお芝居。そんな嫌みな仕草さえもこの人は可愛い。可愛いなんて言ってしまって。私よりもずっとお姉さんなんだけど。
「ちょっと、さっき寝てる時もそんなこと思ってたの?!」
「声が大きいわよ~、小夜子がびっくりしてる」
「え…いえ…私は…」
 そんなところで私に流れを向けないで欲しいんだけど。
「ちょっ、小夜ちゃん!」
「は、はい…」
 凄い剣幕だったので、私は先生に叱られたときのように小気味良い返事をしてしまった。漫画だったら飛び上がって起立してしまうところだ。
「あたし…、ふ…ふと…っ…」
 その言葉を口に出すとその通りになってしまいそうな気持ちはわかる。でも、まるで私がそうしたかのように睨みつけて、苦渋を絞り出すように言うのは止めてほしい。正直、ちょっと怖かった。だから声も大きくなってしまった。
「い、いえ! そんなことないです! 香子さんはぜんぜん、ふとっ…」
「言うなぁ!」
 どうしろと。
 叫ぶ香子さんから目を逸らして後ろを見たら、何食わぬ顔でアイスを食べ続けているその人、憂子さんと目が合った。
“ごちそうさま”
 唇はそう動き、次の瞬間、再びアイスを乗せたスプーンを閉じ込めた。それはとても優雅で、女の私から見ても、愛らしい仕草だった。普段はいっそ怖いとさえ思う人なのに。ただ、そのまま見惚れる為には、目の前の、泣きそうに怒っている香子さんをどうにかして宥めなくてはいけなかった。
 ああ、神様。私の静かな時間を返してください。




或る夜の出来事(中編)




 私のささやかな秘密の時間がばれてしまったのは、まだ残暑が厳しい頃だった。もっとも、私の秘密の部屋は誰でも入れるリビングで、魔法の鏡は冷蔵庫の内張りだったのだから、これまで見つからない方が不思議だったのだ。
 いつものように冷蔵庫との勝負をしていて、そろそろドアを閉める頃合いだと思っていた時、突然、リビングの扉が開いた。この館は廊下も絨毯が敷いてあって、裸足で歩いても四つん這いで膝をついても痛くないようになっている。そのせいで、足音がしないのだった。話し声でもすればわかったかもしれないけれど、二人とも、深夜に騒がしくするような常識知らずではなかった。
 むしろ、騒がしかったのは私のほうだ。扉が開いて、真っ暗だったリビングに廊下の常夜灯の光が差し込んだのに驚いて、私は固まってしまった。見つかったらどうしようというスリルが、どうされるのだろうという恐怖に変わった。その隙を見逃さなかった冷蔵庫が、私の負けを宣告した。

ぴぴーっ

 入ってきた人も、リビングの扉を開けた途端に警告音が鳴ったのには戸惑ったようで、顔を見合わせたり、扉の周りをきょろきょろと眺めていたが、そのうちバーカウンターの方に視線を向けた。冷蔵庫から漏れる淡い光が、カウンターをぼうっと照らしていたから。
「誰か…いるの?」
誰何の声で、私はその人が誰かわかった。最悪だ。
 私が答えられないでいると、部屋の照明が点いた。カウンターの陰に隠れて影になるところにいたけれども、それだけで見逃してもらえるわけもなかった。馬鹿な考えだけれども、その時は真剣に、姿を隠すマントが欲しかった。私を見つけたのは穏和な校長先生ではなく、厳しい監督生か寮監の先生だったから。
「だれ…?」
 さっきとは違う人の声がした。二人いる。いや、一人目の声を聞いたときに、どこかでそれは解っていた。お二人はいつも一緒に居る印象があったから。その人のほうが、どちらかといえば私は好きだったので、私は観念して出て行くことにした。
「わたし…です」
 冷蔵庫の扉を閉めて立ち上がると、二人の姿がはっきり見えた。やっぱり、二人だけだった。憂子さんと香子さん。ここの一番上のお姐さんたちだ。
「小夜子…」
「さよちゃん…」
 小夜子。私の名前。ここでの。今の。
 そう呼ばれることには未だにちょっと違和感があったけれど、私は素直に返事をした。
「はい」
 私は自分から二人の方に歩み寄っていった。バーカウンターの中には、入ってきてほしくなかった。もちろん、そこにあるのはただの冷蔵庫で、見られても困るようなものは何もないのだけれども、なんとなく、そうしたかった。
 少し距離を置いて、対峙する。
「どうしたの、こんな遅くに」
 香子さんが、穏やかな声で訊いてくれた。
「すみません…」
 答えになっていないのは自分でもすぐにわかった。なんて言えば香子さんは納得してくれるだろうか。こんなこともあろうかと、どう言い訳をするかはずっと考えていた。見つかることを考えて言い訳を考えるなんて、まるで子どもの悪戯だ。でも、その、なんて言うつもりだったんだっけ。思い出せない。いいえそもそも、こんな穏やかに訊かれるなんて思っていなかったんだ。怒られるか責められるか、問い詰められるかだと思っていた。
「今日は、ご主人様のお召しがあったわよね?」
 憂子さんが口を開いた。静かな声だった。そう、こう言われるはずだった。答えのわかっていることを訊かれて、遠回しに責められるパターンだ。わかってる。だから、こう言えばいい。
「はい…。ご主人様は、お休みになってます」
「そう。で、あなたはなんでここにいるの」
 来た。何でここにいるのか。ジュースを飲みに来たからだ。のどが渇いたんだ。嘘じゃない。本当にジュースは飲んだ。コップは、シンクの中に置いてある。ジュースを飲んだと言い訳するためだ。言い訳じゃない。本当のことなんだから。
「じゅ、じゅーすを…」
 言葉がうまく出てくれなかった。嘘じゃないのに。ちゃんと考えておいたのに。
「ジュース?」
 香子さんが、絞り出したような私の声を拾ってくれた。
「は、はい…。の、のどが、渇いて…。ジュースを、飲みに…」
「ジュース。それで、ご主人様のおそばを離れたの?」
 私の言葉にかぶせるように、憂子さんがさらに言葉を継いだ。そうだ。たかがジュースで、ご主人様の部屋を出てきたんだ。怒られても仕方ない。だからまず、素直に謝ろう。それで、ちょっと馬鹿な事を言ってみるのもいいかもしれない。誤魔化すには。
「す、すみません…」
 憂子さんは、両腕を胸の前で組んで、両肘を掴んで、溜息をついた。そんなポーズを取らなくても、静かに話しているだけで、怒られているより怖いのに。
「のどが渇いたなら、水差しの水でも、洗面台でもあるでしょう。なんでわざわざ…」
「く、口が…」
 憂子さんの言葉を遮るように、それだけやっと紡いだ。わかっていたはずだけど、やっぱり怖い。
「くちが…あの…口の、中が…イガイガしてて…。ご主人様が今夜は、私の…口に…出されたので…」
 こう言えば、怒られる前に呆れられるかもしれない。ご主人様の精子を、美味しいとありがたくいただきこそすれ、ジュースで洗おうだなんてとんでもないと怒られるかもしれないけど。怒られたら、また明日の夜にご主人様に精子を飲まされることになるかもしれない。苦しがらされるかもしれないけど、ちょっと我慢してればいい。最後には、美味しいですって言えば許してもらえるだろう。美味しいと思ったことはないけど、我慢できないほどじゃない。ご主人様だって、自分の精子の味がするのは嫌で、口をゆすがせてくれるんだから。ちょっと我慢すればいいんだ。
 そんな風にえんえん考えていたのだけれども、現実はそのどれとも違った。知らず知らずに頭が下がってうつむいていた私は、その瞬間を見逃してしまったけれども。
ぷっ。
 香子さんが吹き出したのだった。
「それで、ジュースが飲みたかったの?」
 香子さんが、笑いを含んだ声で訊いてきた。
「は、はい…。ごめんなさい…」
 私の困り顔がおかしかったのか、香子さんは笑っていた。
「うんうん、そうだよねぇ。苦いもんね、精子」
「え…あ…」
 香子さんの口から、そんなことを言われるとは思わなかった。けれども、はいと答えるわけにもいかなくて、私の口からは変な音しか出てこなかった。
「ちょっと、香子ちゃん」
 憂子さんは香子さんを咎めるようにしたけれども、香子さんはそれを軽くいなしてくれた。
「いいじゃない。まだ慣れてないんだし、無理ないよ。小夜子ちゃん」
「は、はい」
 不意に呼びかけられて、私は香子さんに視線を移した。香子さんは私の方に歩いてきてくれた。
「私たちもね、のど渇いちゃったから来たの。せっかくだから一緒になんか飲もうよ」
「え…」
「ちょっ…」
「ご主人様、お休みなんでしょ。最近は一度寝たら朝までお目覚めにならないから、いつ戻っても大丈夫だよ」
「香子、そういうことじゃ…」
「最初のうちはしょうがないよ。苦いものは苦いもん、私だって大変だったよ。ね、小夜子ちゃん」
 香子さんは私のすぐ隣まで来て、私の頭を撫でてくれた。そして、そのまま
「んっ…」
 キスされてしまった。
「ん…ふぉ…」
 香子さんの唇が私の唇に重なった。不意打ちでびっくりしたのと、撫でられた手が私の頭を押さえていて、逃げられなかった。香子さんの舌は、緩んでいた私の唇を舐めて突いて、滑り込むように私の口の中に入ってきた。
「んんっ…ふ…」
 香子さんの舌に絡め取られて、私のべろはあっという間に引きずり出された。そんな熱烈なキスには応えないわけにはいかないということをこの半年で充分わかっていたので、抵抗するどころかむしろ積極的に舌を絡めてしまう。かと思えば、香子さんの舌はするっと逃げて、私の歯をなぞったり、ほっぺたの裏を突いたりした。香子さんは上手に、私の口の中で遊んでくれた。
「んっ、ぷはっ…」
「ふう…。もう飲んじゃってたのね、香子ちゃん」
 唇を合わせていたのは1分もなかったと思う。でも私はへろへろになってしまって、香子さんに言われた意味が咄嗟にわからなかった。
「ふ…へ…」
「オレンジジュース?」
 口の中にまだジュースの匂いが残っていたらしい。リビングに来てジュースを飲んでからもう1時間も経つし、自分でももうあまりわからなくなっていたのに。
「まあ、いっか。せっかくだからもう一杯くらい一緒しよう。ね、憂子ちゃんも」
「…は、はい…」
「…っ、もう」
 図らずもかばってもらえる形になって、私に否やがあるわけもなかった。ううん、そんなことを考えることもできないくらいに頭がぽうっとしていたというのが正直なところだった。
 憂子さんも、不承不承といったふうで、でも組んでいた腕を下ろして、私の方に歩いてきた。そして、香子さんの耳元で囁いた。けれども、香子さんに抱き寄せられていた私にはそれが聞こえてしまった。
「…まだしたりないの?」
「うーん、今はそういうんじゃないけど、なんかかわいくて」
 そう言って香子さんはまた、いいこいいこと私の頭を撫でてくれた。
「もう…」
 憂子さんは先ほどからずっと苛立っていたが、その呟きだけは、それまでとはちょっと違った響きだった。




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Date:2011/11/30
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Thema:官能小説
Janre:アダルト

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