「次は商品番号39807542-U、Uは中古の印です。彼女はちょうど6年前にこの舞台で…」
(ああ…とうとう…)
叫び出したくなるほどの不安と恐怖に、みくは躯の震えを止められなかった。よろけそうになりながら舞台の中央までなんとか進むと、まだ開かない幕に向き直り、あらかじめ決められた姿勢を取って立った。それなのに、両足に填められた鉄拵えの錠に架かった鎖は小刻みに揺れ、ちゃりちゃりと鳴っていた。
「…様の下で調教を受け、香子はすっかり一人前の奴隷になりました」
(こわい…こわい…だれか…)
しゃがみ込んで頭を抱えて耳を塞いで、すべてから逃げてしまいたかった。けれども右手の中指の他は動かすことを許されていなかったし、しゃがむことはおろか項垂れる自由さえ、みくにはなかった。滲んでくる涙を拭くこともさせてはもらえなかったから、零れるのをぐっと堪えた。泣いてはいけないとは言われていなかったが、泣くわけにはいかなかった。
「…様と涙の別れを経て、新しいご主人様と出会うために、再びこの場に戻ってきたのです」
(だれか…たすけて…だれか…)
いまにも涙が伝いそうな強ばる頬を引き上げ、幕の向こうにいらっしゃるご主人様方に向けて、みくは必死に微笑みをつくった。笑顔ひとつで自分の運命が決まることを、みくは身に染みて解っていた。ご主人様の所有物となり、何も持つことを許されない奴隷となったみくの唯一の身の守りが、その笑顔だった。
「6年前、初々しい処女だった時は、その花の綻ぶような笑顔で、前のご主人様に見初められました」
(だれか…わたしを…)
笑った顔が可愛い。若い女の子がかけられるお決まりの褒め言葉であるが、かつて初恋の男の子にそう言われてから、みくは毎朝鏡の前で笑顔の練習をしていた。その恋の役には立たなかったものの、その笑顔はずっとみくの身を助けていた。むしろ人間を辞めてからの方が、切実に役に立っていたと言えよう。めそめそと泣いている女より、にっこりと笑っている女の方が、多くの場合、ご主人様のお気に召したからだ。特に今のような格好をしているときには。
「そして淫乱な牝となった今も、その笑顔は変わっておりませんでした」
(わたしを…かってください…)
みくは裸だった。何も身に着けることを許されず、足を大きく開いて腰を突き出した格好で立たされていた。司会の男が述べているところの花びらと、男の肉棒の代わりに突き立てた2本の指の出し入れがよく見えるように。少しでも淫乱な牝に見えるように、みくは笑っていた。
「もちろん、それだけではありません。その乳や尻や太股は熟れた果実のように大きく瑞々しく育ち、噛めば蜜が溢れ出しそうです。よく使い込まれて黒ずんだ花びらを捲れば、毒々しく真っ赤に濡れそぼった口がぱっくりと開き、男を喰いたいと涎が垂れてくることでしょう」
(わたしを…どれいに…)
命じられたオナニーで気分が出てしまっても、笑えずに不興を買った子との間で生死が分かれた記憶が頭を過ぎっても、みくは笑みを崩さなかった。笑顔を絶やさずにご主人様に付き従い、ご主人様の意に従順に従い、ご主人様に可愛がっていただくことが、みくが身に着けた生き延びる術だったからだ。
「成熟した肉体は、どんな激しいご主人様の愛も余すところなく受け止めることでしょう」
(わたしをかわいがってください…)
みくにとって、ご主人様に可愛がっていただくということは、たいてい泣き叫ぶまで攻めていただくということだった。男は笑っている女を可愛いと思い側に置きたがる。その一方で、自分の手で女の微笑みを奪うことが何よりの快楽であり、頬を真っ赤にさせ息も絶え絶えになるまで悶えさせるのが一番の遊びであり、激しく泣き叫ばせた女を最も可愛く思うのだと、みくは悟っていた。
「紹介はこのくらいにしまして、実際に商品をご覧になっていただきましょう」
幕が上がっていく。
(ごしゅじんさま…)
上がっていく幕の隙間から、みくのことを一人前の奴隷に仕立て上げ、香子と名前を付けてくださったご主人様の顔を見分けてしまったのは、骨の髄まで叩き込まれた奴隷の性だった。
しかしみくはそれを振り払い、広く会場に目を向けた。もうあの人はご主人様ではない。あの人に売られて、みくはここにいるのだ。餌を待つ犬が舌を出して涎を垂らし尻尾を振るように、愛液を垂れ流し腰を振って、奴隷でございます可愛がってくださいと飼い主に売り込むために。
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