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闇の箱

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□ 『或る夜の出来事』 □

或る夜の出来事(前編)

がたっ、じー…

…ごー、ろく、しち、はち…

ばたん


がたっ、じー…

…ごー、ろく、しち、はち…

ばたん


がたっ、じー…


 床にぺたんと座り込んだ小夜子が、背の低い冷蔵庫の扉を開けると、暗い部屋のなかでそこだけがぼうっと明るくなった。
 照明を点けてはいけないなんてことはなかったが、白く煌々と光る蛍光灯は、ベッドから抜け出してきた小夜子の目には、乱暴なほど強くて辛かった。ランプシェードのかかった白熱灯の光はそれよりは暖かみがあったが、視界の端の闇を一層濃くしてしまう。暗がりに潜む何者かが調子づくようで怖かった。
 冷蔵庫の扉に顔を突き出し、狭く区切られた白い世界のなかで、柔らかい光を浴びるのが、小夜子は好きだった。

 さほどものが入っていない冷蔵庫を、何を取り出すでもなくただじっと眺める。なかに籠もっている冷気は、初夏にさしかかった今の時期には心地よく感じられた。
 濃密な冷気がたちまち流れ出してしまうと、冷蔵庫は唸り声を上げて懸命に勤めを果たそうとする。けれどもきまって六十秒後には音を上げて、扉を閉めてくれと甲高い音で懇願される。それはとても耳障りだったので、その前に慈悲を与えてやることにしていた。
 一旦閉めて、また開ける。開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。

…ごー、ろく、しち、はち…

 声に出さずに六十を数える癖が、いつのまにかついていた。
 暗い部屋の中でそうしていると、だんだんと頭の中が空っぽになっていくようだった。
 一から六十までの数字だけが、頭の中に現れては消え、現れては消えていった。六十までいったら、扉を閉める。そしてまた開けて、数え始める。それは砂時計をひっくり返し続けるのにも似ていた。砂時計のように、限りのある数だけを数えていればいい存在になりたかった。ほかに何も考えられなくてもかまわない。考えられなければ、考えずに済むから。
 そうして頭の中を空っぽにするのが、小夜子の密かな行事だった。抱かれた後はいつも、そうしていた。


 小夜子がこの屋敷に買われてきてから、半年ほどが経っていた。
 家に帰りたいと泣き喚くことも、口の中の男根を噛み千切ってやろうかという暗い考えを持つことも、いつしかなくなっていた。

 ここに来るまでは、人を売り買いするなんて非常識なことがあるとは想像もできなかった。自分がその品物になったなんて、とうてい受け入れられるものではなかった。
 小夜子を世間知らずな小娘と嘲るのは酷であろう。彼女はただ、平和な国の善良な一市民だっただけだ。けれども、人類の大多数にとっては夢心地の社会で、人身売買などとは最も縁遠い子供こそが、いざ売られる時には上物として取引されるのだから、皮肉なことである。
 援助交際やロリコンオヤジなどという言葉は知っていたけれど、それはテレビのなかのことだと思っていた。自分のような子供のからだが、大人の男の人の欲望の対象になるということは、小夜子にとっては現実感のないことだったし、その意味がわかるはずもなかった。
 第二次性徴期の早期の性教育がタブー視され、漫画からも過激な性描写が排除されている近年の子供らしく、小夜子はまだセックスについての正しい知識は持ち合わせてはいなかった。
 痴漢に遭ったり、スカートめくりをされたり、プールの授業の着替えを覗かれたりして、自分たちの裸に興味があるイヤらしい男子がいることはわかっていた。けれども、そのイヤらしいことが、自分たちの身にどう接してくるのかは、未だ想像の域を出なかった。
 おしりを触られるなんて考えただけでもぞっとしたけれども、その指が行き着きたいと思うところまでは考えなかったし、パンツを見られるのは恥ずかしかったけど、その内側をどうするかまでは男子も考えていなかったと思う。裸は、見るのも見られるのもどきどきしたが、裸になって何をするかは具体的には知らなかった。もしかしたらと裸で抱き合って眠ることを想像するだけで、十分どきどきしていた。
 気になる男の子に想いを伝えることもできず、キスだって憧れの向こう側にあった小夜子には、セックスなんてまだまだ先の、愛と希望に満ちた夢であったはずだった。
 小夜子が特別、奥手だったわけではない。良識を振りかざす生活指導の教師でなくとも、最近の子は進んでいる、と嘲られてしまうような歳だっただけである。
 それでも、キスくらいしておけばよかったと小夜子は思った。自分を買った男の唇が近づいてきたとき、そう思って涙を零した。

 そんな頃もあったなと思えるくらい、今の小夜子は進んだ子になってしまった。
 もちろん、小夜子の歳では、半年というのは決して短くはない。新陳代謝も活発で、心も体も敏感で、日毎に変わっていく成長期においては、果てしない長い時間である。しかしそういったなかでも、小夜子は随分と遠くまできてしまっていた。男の胸の中で眠ることで喜びと安らぎを得るなんて、少し前までは思いもよらなかった。そんな未来は、どんな作文にだって書いたことはなかった。
 大人の言うとおりのいい子ではなく、友達がわかってくれるとも思えなかったが、とりあえず今の小夜子は不幸せではなかった。はじめの頃は辛かったが、だんだんと飼われて良かったと思えるようになってしまっていた。
 けれども、そんな日々のいつからか、こうして夜中にベッドを這い出す癖がついたのもまた事実である。


 時計の針がちょうど深夜3時を指したが、部屋の隅に鎮座するロングケースクロックは沈黙を保っていた。冷蔵庫から漏れる淡い光を捉えるほど、光センサーの感度が鋭くはないからだ。
  それも、部屋の照明をつけない理由のひとつだった。扉を閉めていても、寝ている人を刺激するだけの効果は十分あるだろう鐘の音が、部屋の外まで響くだろうから。迷惑になるし、照明の消し忘れかと注意を引いて、誰かが見に来るのは避けたかった。ご主人様のベッドから抜け出したのを知られたくはなかった。


 ご主人様にはほかの女の子たちも添い臥しているし、寝台に粗相をしてまで寄り添っていろとは命じられていないので、少しの間起き出したとしても、トイレだと誤魔化せば問題はなかった。尤も、一人しかいない男であるご主人様は、何度も精を放って深い眠りに落ちているし、女の子たちも懸命な奉仕と幾度もの絶頂で、心地よい疲労を得て休んでいる。だから、小夜子がベッドを抜け出しても、気づく人は誰もいなかった。
 むしろ、一番激しく攻められて疲れているのに、必ず夜中に目が覚めてしまう自分は何なのだろうと、深夜につきものの孤独感とともに、小夜子は不思議に思っていた。


 今夜もいつものように、寝入ってしまってから二時間も経ち、皆が寝静まったあと、小夜子の目はぱちりと開いた。
 絶頂に達してふっつりと気絶して、昏々と寝てしまうから、短い時間ですっきり目が覚めてしまうのだろうか。テスト勉強する前に知ってれば徹夜が楽だったかも。そんな益体もないことを考えながら寝返りを打ち、ため息をひとつ吐くと、小夜子はご主人様の腕枕からそっと身を起こした。

 差し迫っていたわけではないが、言い訳作りも兼ねてトイレに入った。どんなに激しいプレイになっても後始末がしやすいように、十分に広いバスとトイレがご主人様の寝室には設けられていた。
 トイレの照明は白熱灯だったが、夜目を利かせてベッドから這い出てきた小夜子には、十分眩しく、目を細めた。半年も暮らせば慣れたもので、目を瞑ったまま手探りで便座まで行って座る。途中でナイトガウンを拾って羽織ってきたが、帯はわざわざ締めなかったので、前をはだけたまま裾を捌いて用を足した。誰も見ていないとはいえ、大胆になったものだと思う。鈍感になったというべきかもしれないが。

 手水場で手を洗うときにも、小夜子はなるべく目を瞑っていた。鏡に映った自分の身体を見たくはなかったからだ。ほんの数時間前までのセックスの痕跡がありありと刻まれている身体を直視したくなかった。
 主人にしてみれば、小夜子は買ったばかりの一番のお気に入りの奴隷だった。なので毎晩のように、閨での奉仕を命じられていた。尤も屋敷には、小夜子と同じ立場の女の子が何人もいたので、小夜子ひとりで毎夜のお勤めをしているわけではなかったが、やはり執心は強く向けられていた。その証として小夜子の身体には、薄れる間もなくキスマークや歯形や縄目などがつけられていた。これも愛の証だとようやく思えるようになったが、まじまじと見つめるにはやはり抵抗があった。それに同い年の先輩奴隷と比べても小振りな胸や、もう少し減らしたいおなかのおニクも、なるべくならあまり気にしたくはなかった。

 手を洗い終わると、小夜子は無性に喉が渇いたような気持ちに襲われた。
 水くらいなら手水場でも飲めるが、それでは満たされないことはわかっていた。
 小夜子はいつものように、しばらく閨を抜け出すことにした。誰かに見咎められたら、リビングのバーカウンターにあるジュースが飲みたくなってと言うつもりだった。実際、ベッドに戻る前にはいつもそれを飲むので、嘘は吐いていない。けれども、そのジュースがこの渇きが満たしてくれるというわけではないことは、小夜子自身が一番よくわかっていた。
 それは言い訳にしかすぎない。疾しいことをしているような気持ちで、小夜子はそっと寝室を出た。何でこんなことをしてしまうのか不思議に思いながらも、足は止まらなかった。
 
 
 
 

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Date:2011/06/04
Trackback:0
Comment:1
Thema:官能小説
Janre:アダルト

Comment

* 短編拝見しました。

 とても描写が素晴らしいですね。
作中の彼女のやるせなさというか、感情がよく表わされていると思います。
続編も期待しています。
2011/07/18 【saka】 URL #GBQCP7FA [編集]

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