「あの…ご主人様…起きてらっしゃいますか」
「……ん…んー、何だ?」
「……いえ、何でもないです。お休みのところ申し訳ありません」
帰りの車の中で、ご主人様に先ほどのお言葉の意味を尋ねようとしたのですが、怖くて、言葉が出ませんでした。
あの後、すぐにわたしは別の方からお呼びがかかり、B様から離れて別の部屋のベッドへと連れて行かれましたので、ご主人様とB様が何を話していらしたのかは、聞くことが出来ませんでした。正直なところ、ご主人様の言葉が頭の中でこだまして気もそぞろとなり、ご奉仕どころではありませんでした。今すぐご主人様に縋り付いて、何をお考えなのかをお聞かせ願いたくてたまりませんでした。
けれども幸いにも、この方、C様としましょう、は、わたしの腕を掴み、ベッドに放り投げて押し倒すと、すぐにのし掛かって来られました。その時わたしのなかには、まだB様の精液が残っていましたが、C様はかまわずにわたしの足を開き、狙いを定めると勢いよくわたしのなかに入って来られました。
C様は、今日いらした方々の中では一番お若く、がちがちに硬く反り返った元気なおちんちんをお持ちでした。そのすりこぎのようなおちんちんが、とても激しいリズムで抜き差しされ、わたしの膣内の肉がこそげ落とされてしまいそうな錯覚を覚えました。もはやご奉仕どころではありません。それに、わたしの覚え立ての技術など、何の意味も持たなかったでしょう。わたしにできたことは、C様のお望みのままにおまんこを使っていただくこと。我慢せずに素直に感じたり痛がったりして、C様の昂ぶりを醒まさず、興を削がないことでした。もっとも、抜き差しされている最中には、そんなことを考える余裕もなかったのですが。
C様のお相手は長く続き、その間にわたしは何度もイッてしまいました。そしてC様も、立て続けに2回、わたしのなかで射精されたそうです。というのも、C様の精液が二度目に放たれたときに、わたしは気を失ってしまったのです。しかも、C様がおちんちんを抜かれたあと、B様とC様の三回分の精液が溢れ出すのと共に、その…、おしっこまでしてしまったそうです。緊張がゆるんだから仕方ないと、後で許していただきましたけれども、ご面倒をおかけしてしまって、申し訳なく思いました。
その後、わたしが再び気づいてからも、休憩や食事を挟みながら、ずっと宴は続きました。わたしはご主人様以外の方全員に抱かれ、ご主人様にも抱いていただき、その度に気を失いそうになり、宴が終わる頃には、ぼろぼろに疲れ果てていました。
迎えの車に乗り込むと、ご主人様はすぐに眠る体勢に入られました。ご主人様とふたりきりの時は、わたしもシートに座っていいことになっています。リムジンのシートに身を預けたとたんに、わたしも眠ってしまいそうになったのですが、お話しするために必死で目を開けていました。けれども、とても怖い答えが返ってくるだろうということが、うすうす解ってしまっていたので、なかなか言葉が出てきませんでした。思い切って、声をおかけしましたが、ご主人様の眠そうな応えの声を聞いた途端に、挫けてしまいました。
ため息をついた途端、本当に気が抜けてしまい、わたしも眠ってしまいました。車で五時間ほどもかかるわたしたちの家に帰り着くまで、一度も目を覚ましませんでした。
一月ほどして、一番上のお姉さんの姿が見えなくなりました。
そのときわたしは、この日々が永遠に続くものではないことを知ったのでした。
その前のことです。
宴から数日が経っても、わたしは、あのとき聞いたことを、ご主人様にお尋ねすることはもちろん、仲間の誰にも、話せずにいました。話せるわけがありません。わたし以外の誰かのことを、他の人に譲るという話を、他ならぬわたしが聞いてしまったのですから。あれが冗談だったのか本当のことなのか、誰のことなのか、譲るとはどういう意味なのか、何でご主人様はそんな気になられたのか、いつそれをされるつもりなのか。考えても解らないことでしたが、誰に訊くこともできずに、不安で悶々としていました。仲間たちは、ふとしたときにぼうっとしていたわたしのことを、とても心配してくれました。けれども、もしかするとこの子が譲られてしまうのではないか、わたしだけが今それを知っているのかもしれない。そう思うと、まともに仲間たちの顔が見られませんでした。なんでもない振りをして笑って、その場から立ち去る。そんな日々が続きました。
ある日の夜に、一度だけ、堪えきれずに泣いてしまったことがあります。
その日はご主人様は館にいらっしゃらず、そんな時は自分たちの部屋に下がって休むことになっています。わたしの部屋は、前にもお話しした同い年の子、憂子ちゃんとのふたり部屋でした。お休みと言って明かりを消して、それぞれのベッドに潜り込みました。けれどもわたしはなかなか眠れずに、窓の外の月明かりをぼうっと見ていました。目を閉じて寝てしまおう考えないようにしようとしても、不安でたまらず、悪い想像ばかりが浮かんできます。夜空にぼっと浮かぶ月を見ているうちに、どうにも悲しくなって、泣き始めてしまいました。
堰が切れてしまったかのように涙は止まらず、あとからあとから溢れてきました。息が詰まり、声が震え、しゃくり上げて泣いていました。ふたりのベッドは離れていましたが、憂子ちゃんに聞こえてしまうと思い、わたしは布団をかぶって枕を横抱きにして顔を埋めて、声を殺していました。けれども、
「!」
壁の方を向いて寝ていたわたしの布団を、めくる人がありました。その人はすっと布団のなかに潜り込むと、わたしを背中から抱きしめました。
「だいじょうぶだよ…」
憂子ちゃんの声が聞こえました。
「かなしいことも、いたいことも、つらいことも、たくさん、わたしたちにはあるけど、でも、わたしたちはひとりじゃないから…」
憂子ちゃんの手が伸びてきて、わたしは握りしめていた枕を取られてしまいました。
「泣きたいときは泣いてもいいから、わたしがここにいるから…」
憂子ちゃんは布団のなかでもぞもぞと動いて、わたしの身体をまたぐように四つん這いになり、わたしは仰向けにされました。
「いっしょにいるから…」
憂子ちゃんはわたしの頭を掬い上げて、優しくその胸に抱きしめてくれました。憂子ちゃんのおっぱいはわたしよりもだいぶ大きくて、とても柔らかく、小さな頃のお母さんの胸に戻ったかのようでした。
「ゅ…こ…ちゃ…」
わたしも腕を回して、憂子ちゃんのことを強く強く抱きしめました。抱きしめながら、憂子ちゃんの柔らかな胸のなかで、泣きじゃくりました。憂子ちゃんも、泣いていたようでした。抱き合ったまま、布団の中でごろごろと上になり下になりながら、わたしたちは泣いていました。
ひとしきり泣いて涙が涸れて、わたしはようやく憂子ちゃんから手を離しました。横抱きになっていたので、首を上向けて、憂子ちゃんの顔を見ました。憂子ちゃんの目尻にも涙が浮かんでいました。けれども、憂子ちゃんは微笑んでいました。わたしを安心させるためだったのか、泣きやんで良かったと思ったのか、微笑んでわたしを見つめてくれました。
わたしは、そんな彼女の気持ちが嬉しくて、憂子ちゃんのことが愛おしくてたまらなくなりました。それを伝えたくて、わたしは首を伸ばし、憂子ちゃんの唇にそっと口づけをしました。憂子ちゃんは、は黙ってそれを受け入れてくれました。そして、少し身体の位置をずらし、ふたりの顔が真正面から向かい合うようにすると、今度は憂子ちゃんから、優しくキスをしてくれたのでした。わたしたちは心が通じたのが嬉しくて、どちらからともなく何度もキスを重ねました。小鳥がついばむようなものが重なり、唇を離している方が短くなると、自然と舌が伸びていきました。奴隷としての躾は、こんなに哀しいときでも活かされたのです。こんなに哀しい気持ちになったのも奴隷になったからなのに、これほど愛おしい気持ちの伝え方を学んだのも奴隷になったおかげだというのは、とても皮肉なことでした。
唇を重ねて舌を絡めて唾を飲み合って、口の中すみずみまで舐め回しているうちに、わたしたちのからだは火照り、泣いていたことなど忘れるように昂ぶってきました。わたしは、奴隷になって初めて、セックスを覚えて初めて、自分からこの人を抱きたい、愛おしいという気持ちを伝えたいと思いました。そして、わたしたちはその術を、とてもよくわかっていたのでした。わたしの手は彼女のパジャマのボタンに手が伸び、彼女の手はわたしのスウェットにかかり、あっという間にふたりは裸で抱き合っていました。
裸になっても、布団の中に潜っていたので、寒くはありませんでした。いえ、それ以上に、とても暖かかったです。憂子ちゃんの心臓の力強い鼓動が感じられ、身体が火照っていきました。それは憂子ちゃんも同じで、お互いの体温を感じながら、ふたりの熱はどんどん高まっていったのでした。
結局、その晩の憂子ちゃんにすら、わたしの不安は話すことが出来ませんでした。わたしよりも長くここにいる憂子ちゃんにならわかるかもしれないと思いましたが、言葉にした瞬間、それが他ならぬ彼女の運命になってしまいそうで、口に出せませんでした。そのわたしの不安が実現しなかったのを知ったのは、それから二週間後のことでした。その時、わたしは初めて、この日々にもいつか終わりが来るのだということを知ったのでした。
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